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ACROSS Summer Seminar in Malaysia & Singapore, 2002

ACROSS 夏期セミナー2002 概要


企画:e-dream-s (NPO) 国際部



期  間:2002年8月2日(金)〜11日(日)(8泊10日+機内泊1)
訪 問 先:シンガポール & マレーシア (ペナン、クアラルンプール)
参加人員:40名(家族を含む)
プログラム:
  1. Dr. McKay (San Francisco State University) によるTESOL講演
  2. マレーシアの新首都プトラジャヤ、サイバージャヤ見学
  3. シンガポールの独立記念日のパレード見学
  4. イスラム教団体訪問<IKIM(Institut Kefahaman Islam Malaysia)>
  5. 参加者のタスクを中心としたプログラム
  6. ACROSS発音訓練、及びその発表
報告集より
巻頭言:東南アジア理解のためのキー・コンセプト10 ― 井川好二
Does Travel Broaden One’s Mind ? ― 辻荘一
夏期セミナー2002 アンケート結果
行程表










風船パフォーマンスコーラス
ショー UNITY行進



NDP2002からのぞいたSingapore

東京 佐藤 由美子

国の誕生を皆で祝うというNational Day Paradeとは一体どんなものか私には想像しにくいものだった。 スタジアムに入って席についたときまずその大きさに驚いた。人口300万人のシンガポールで6万人がパレードに来るということは 全国民の50人に1人はここに集まってくるのだ。入口で配られたやけに重いバックの中身はシンガポール産NEWATERや 応援グッズとお菓子など。水をマレーシアやインドネシアから輸入しているとは知らなかった。今年の目玉NEWATERで“Happy Birthday”の乾杯をした。

心配していた暑さも幸い雲が出てきてすこし涼しくなり、大風船を回したりscreamしている内に17:30のプレパレードが始まった。  学生によるマスゲームやバンドはどれも日頃の練習がさぞかし大変だったろうと思わせる出来栄えだった。それぞれコンクールなどで 優勝したチームの晴れ舞台だったのだろう。シンガポールの学生は勉強ばかりやっているイメージがあったのだが、 違う面でがんばっている生徒もいるということは当然のことだがすこしほっとさせられた。 Greenview の集会で先生が教えていたFun Danceがここで踊られるという事がやっと分かったのだった。 そしてパラシュート降下部隊に息を呑み、皆で年に1度のこの日を楽しもうという雰囲気がだんだん盛り上がっていった。

18:30 いよいよ本番のパレードである。 国軍、海、空,警察軍だけでなく、国民総防衛というとおり自衛団,赤十字、 国民行動党,ボーイスカウトなど 続々入場してまたたくうちにグランドは整列した軍服や人々で埋め尽くされた。 そこへ大統領が車で颯爽と登場しスタジアム中の歓喜の声はまるで映画のよう。各軍を閲兵している間大砲が撃たれ、 国歌斉唱(マレー語の響きが良い)の時はヘリコプターが国旗をはためかし、最後は爆音とともに戦闘機が空を駆け抜けた。 スピーチもなくひたすら軍事力の披露に終始したのには驚かされた。まったく下記の文章に納得がいったのである。

国民に国防の重要性を徹底させ(心理的防衛)、公共に奉仕する道義心を高め(社会的防衛)、 有事の際にも経済活動が維持できる態勢を整え(経済的防衛)、防災訓練を実施すると同時に飲料水、食料確保の態勢を万全にし (民事防衛)、その上で国軍を保持するのがこの国の防衛全般のコンセプト「シンガポールを知るための60章 明石書店」

19:20 フィナーレの華やかなショーで強調される言葉はtogether,home,Singaporeans, unity in diversity, one family など。 多民族国家ゆえに常に意識的に統一感を持ち続けなくてはならないのだろうか。 前日ホームステイでJamileさんが 「この国の最重要課題は教育と防衛です。」ときっぱり話されたことを思い出しながら、 花火と音が交錯するなか、スタジアムを後にした。





<IKIM (Institut Kefahaman Islam Malaysia)>




IKIM (Institut Kefahaman Islam Malaysia)を訪ねて
Institute of Islamic Understanding Malaysia

大竹 勇次

イスラームと言うとアラーの神、モスク、ラマダン、集団の祈り、そしてジハードとなる。ジハードの影響も重なってか イスラームの人を動かす規範が分からず、何がしかの恐れを抱いている。これが一般の日本人が持っているイメージかも知れない。 クアラルンプール国際空港からIKIMまでのバスの中で、ガイドさんは当然のごとくイスラムの五行を語ってくれた。
  1. アッラーを信じること 
  2. 一日5回メッカに向かいお祈りすること 
  3. 寄付や施しをすること。
  4. 斎戒。断食と言われるが、欲望から逃れ、穢れのない状態にすること。
  5. 一生に一度はメッカのカーバ神殿に巡礼に行くこと。 
これに加えてアクロスの会員は事前学習としてAlastair Pennycook 氏による“ENGLISH AND ISLAM”を配布されていた。 このパンフレットを要約すれば「キリスト教と英語は文明の発展をもたらすものであったが、 イスラム諸国では植民地化からの独立を謳いあげるためにはイスラムの教えに訴えるしかなかった。 だが民族の団結のためイスラムの教えに固守すると世界の趨勢から遅れる。英語と文明の世界を取るのか、民族の団結を優先するか、 イスラムの世界は常に悩ましい問題を抱えている」となる。

2002年8月6日(火)午後、アクロス一行はクアラルンプールにあるIKIMを訪れた。

イスラームの神聖な研究所に相応しく、声を出して騒げない雰囲気のなか一同はまず会議室に案内された。 各人の座席にはマイクがついている。と、どこからかアクロスもこんな施設が欲しいなー、の声がした。 Dr.Rahmanから主席評議員の Romanさん(女性)が紹介され、ご自身がパワーポイントを使いながら、研究所の紹介してくれた。

イスラームの教えを広める目的で1992年設立され、図書館、討議室、ホール、集会室、小劇場、事務室がある。 本、新聞、法律誌、専門誌、IKIM関連雑誌なども出版し、またFM放送局もある。 とうとうと話してくれたが、ここでは口を差しはさむ余地がない。先生の講義と同じで、聞くだけというのは辛いものである。 だが逆の立場ならやはりこれ幸いとPRするだろうな、などと思った。

施設についての説明が終わってから質問が始まり、聞くだけでは我慢できないアクロスの人たちが手を挙げだした。 なかなか、熱い質疑応答となりどうなるのかと思わせる雰囲気に包まれる一瞬もあった。

  • 原理主義者(fundamentalists)に対する考えを聞かせてください。(信心深い人は皆、fundamentalist である)
  • 1日決まった時間に5回祈ると言うが、仕事で手が放せないのに祈ったために経済的損失をこうむることはないのか。(堅苦しく考えなくてよい)
  • 経済の発展につれて先進国では宗教離れをしているがマレーシアではどうか。(女性はスカーフをかぶる人が増えているので、全体として増加していると考えてよいーここは訓練としてRomanさんに答えさせていた)
  • モスクでは男性だけが祈ることができ、女性は祈れないのは何故なかの。(そんなことない。毎週金曜日は男性のためで、この日は女性にとっては義務ではない)
  • アルコールの飲酒はイスラーム教徒でなければ問題はありません。
  • 祈らぬことに対しては罰則はありません。
  • IKIMの役割は精神的な世界と俗世界を結びつけること。
  • 信者でなくてもモスクでお祈りできますか。(できますが、来る人はみんな信者ですよ。何故そんなこと質問するのかと言う表情が印象的であった)


質問はまだまだ沢山あったが、「イスラームは個人の信仰だけを考えるのではなく、社会、政治、経済問題を含め、 人間のすべての活動を認め、かつ解決しようとしているのです」というラーマン氏の言葉の中に、 我々がイスラームの矛盾ではないかと思うことの答えがあるように感じた。

説明、質疑応答後、お土産の交換が行われ、アクロスからは宮城県遠刈田地方の「こけし人形」が贈られた。 それから食堂においてお茶とお茶菓子の接待があった。ミルクティーが美味しくお変わりをする人が多かった。 ラーマン氏もテーブルに座り和やかに語り合っていた。希望者は休憩を早めに切り上げ放送施設を案内してもらい、 24時間態勢の放送機器を見せてもった。時間は16時前であったが、その時の番組は音楽だった。番組は既にセットされ無人であった。 日本にはまだ支部がないのでこのイスラームの声は、日本には届いていない。





ペナンフリースクール(PFS)訪問

辰己ゆきえ


ペナン到着日の翌日、初めてコンタクトティーチャーMr. Ooi Eng Lyeの声を受話器の向こうに聞いた。 そして訓練が終わって20時、Sri Sayangに奥さんと4人の子供たちと揃って来てくれた。 マッケイ先生のレクチャー&ドラマに英語の先生方が来てくれることを確認、ホームステイも予定通り可能、学校訪問でも特別全校集会、 授業見学、PFSの英語科の先生たちとのダイアログセッションのタイムテーブルを準備してくれていた。
さて、8月4日(土)の昼前にSri SayangのカンファレンスルームにEng Lyeは現れた。 また他の英語の先生方、Mr. Thomas Chow, Ms. Suriya Mumari, Ms. Saw Eng Wah, Ms. Teh Bee Kimとコンピュータの先生である Mr. Ooi Chin Wahの計6人が来た。その時の様子はPFSのウェブサイトに紹介されている。


http://www.pfs.edu.my/news/211.asp
ACROSS
Posted 08/04/2002
The Association of English Teachers for Cross-Cultural Communication [ACROSS] in Japan is visiting us tomorrow at 7.30 am. .

This afternoon, we were invited by them to attend a lecture of Dr. Sandra McKay from University of San Francisco at Conference Room of Sri Sayang Condominium. Dr. Sandra McKay talked about being a reflective teacher, in which she described different ways of undertaking action or classroom based investigations. In the talk she dealt with classroom observations as a way of gathering data and emphasized the need for collaborative action research in which teachers observed and supported one another.
Teachers from St. George's High School and Convent Green Lane were also present. The Japanese teachers and their Malaysian counterparts discussed the main difficulties in teaching English in their respective countries. In summary, the common difficulties are
(a) Both Japanese and Malaysian do not feel the urgency to master the English Language as they can survive in their own countries without being proficient in English and
(b) English is seldom spoken nor used at home and in school.


そのあと続けてドラマも一緒に見た。Eng Lyeはドラマにも興味をもったようで、 こんなによいものが上演されるともっと早く知っていれば、学校のほうでも上演してほしかったと言っていた。 そして私も含め14人のPFS訪問チームのうち10人が4人の先生方 (Mr. Eng lye, Ooi:灰田、大竹、朴、辰己/Mr. Thomas Chow:木村、道面/Ms. Suriya Mumari:小関、増田/ Ms. Saw Eng Wah:佐藤、中川)の家庭でホームステイするため、それぞれに分かれた。(敬称略)
翌朝、夜明け前、家を出発し、薄暗い中PFSに着き、ホームステイをしていた人たちは皆は7時半に間に合うように それぞれ登校し再会した。その日の学校のタイムテーブルは以下のとおりである。 9:30からの特別集会に間に合うように残りの4人も合流した。

7:30-School Assembly(毎週月曜日に行われる全校集会)
1st period 8:10- 授業
2nd period 8:50- 授業
3rd period 9:30- Lauching of English Month & Merdeka Day Celebrationsの特別集会、10:40まで
並行して大学進学のクラスは授業をしている
4th period 10:10-
5th period 10:40- 授業
(これ以降7時間目まで、小グループに分かれて英語の授業見学)
6th period 11:20- 授業
7th period 12:00- 授業
8th period 12:40- 授業
40分授業で休み時間がないため、非常に慌ただしく感じた。特別集会についてもPFSのウェブサイトで紹介されている。


http://www.pfs.edu.my/news/212.asp
Launching of English Month and Merdeka Day Celebration
Posted 08/05/2002

The launching was done this morning in the school hall at 9.30 am. After the speeches, various presentations by the School Choir, Choral Speaking Group, Malay Cultural Society and school band were given in conjunction with this occasion.

Choral Speaking Presentation Presentation of Souvenir to Ms Yukie Tatsumi, representative from ACROSS


特別集会の次は授業見学をした。ただ、山田さん、道面さん、富永さんが見学に行った授業は担当の先生が生徒指導のため、 急きょ自習になった(そういうことはよくあるらしい)。木村さん、辰己が合流して、5人で日本についての授業をすることになった。
対象は日本で言うと中学2年生の30人程の男子生徒だった。私たちの自己紹介で始め、平仮名、片仮名、漢字、 ローマ字について説明した。シャイに見えた男子生徒たちも、日本語の簡単な挨拶を大きな声で練習したり、 「さくらさくら」を歌い、ジャンケンをしているうちにどんどん反応がよくなり、最後に山田先生が用意していた折り紙を配り、 つるを作るときには、机間巡視をしていた私たちに多くの生徒たちが直接折り方を聞きたがり、 興味をもってくれた。非常にやりやすい生徒たちであった。後でチャレンジするようにより小さい折り紙を配り、 授業が終わるや否やさっそく取り掛かる生徒も見えた。

The Japanese teachers gave the boys in 2T a lesson on Japanese words of greeting. Sayonara, sinsei



他の授業見学の報告は実際に見学した人からしていただくことにする。
授業見学の後、校長室で、4人のPFSの英語科の先生方と30分ほどしかなかったがダイアログセッションを持った。 実際に見た授業、新聞を利用した授業であったことや英語で授業をすることが成り立っていることなど報告し、 授業を担当した教員がNIEプログラムを取り入れていること等、説明を付け加えた。

Summing up their experiences in PFS at the end of the day at the headmaster office.



日本同様、マレーシアの教育界でも「英語」「IT」がグローバライゼイションにとってキーワードになっているようだ。 しかし、マレーシアと日本では英語教育の現状はずいぶん違うと感じた。現在は学校教育ではマレー語が共通言語であるが、 マレー語が国語になる国語法が制定されたのが1967年、それまでは英語を共通言語として使用する学校も少なくなかった。 それと、母語を異にする多民族国家であることで共通言語が絶対必要という状態である。 実際に英語で日本についての授業を行ったが、PFSの生徒たちの多くは英語を理解することができるようだ。 かと言って必ずしも英語の授業がうまくいっているとは限らないようである。 Eng LyeをはじめPFSの英語科の先生方も研修等に積極的に参加し、自己研磨することが当然のことと考えられていたし、 私たちも今回の交流を通して、マレーシアの英語教員と日本の英語教員と共有できるものがあると感じたのではないだろうか。
Eng Lyeは来年の11月に参加者を募って日本でアクロスとのコラボレーションによる教員セミナーを提案した。 その時は彼らに学校訪問やホームステイなどをしてもらえるような企画をたてたいと今から楽しみにしている。


ペナンフリースクール授業見学報告

Suriya先生の授業

朴 智美


Suriyaさんは若い女性の教師で、とても元気あふれるいきいきとしたひとでした。

私が見学させてもらったのは中学1年生の授業で、生徒数はおよそ30人ぐらいでした。今回はマレーシアで発行されている 'The Star'という英字新聞を使ってする授業でした。どのようにつかうのかというと、 「私について」と題するスクラップブックのようなものに自分の名前や好きなテレビ番組など、 以下に挙げる項目について新聞の中の文字や写真(記事でも広告でもOK)を切り抜いて貼り付けて表現する、という方法でした。

見学してみると、器用に写真や文字を自分の表現したいように貼り付けている子もいれば、新聞を持ってくるのを忘れていて、 今回はじめてもってきてやっと作業ができる、という子もいました。(私の勤める学校と似てるな、とおもいました。) その子はほとんど英語がしゃべれない、とSuriyaさんはおっしゃっていました。 (サッカーなどのスポーツのためにこの学校にきているのだということでした。日本のスポーツ推薦の制度みたいなものでしょうか。)

しかし、日本の中1とは違い、自分を表現する語彙はとても豊富だとおもいました。語彙についてはSuriyaさんは自分の教えている クラスの掲示板を借りて"English Corner"をつくってもいました。 わたしが見たのは、a bunch of 〜などの表現(文法的になんていうのか忘れました。)を特集していました。 生徒にイラストつきでカードに書かせたものを10枚ほどかわいらしくはっていました。 担任によってはこのコーナーを作らせてくれないひともいるのだとか。 話は戻りますが、スクラップブックのようなものはマレーシア国内のある団体が主催するコンテストで募集されており、 優秀なものとして1位に選ばれると、賞金なんとRM500があたるという実になるプロジェクトに応募するためのものだそうです。 日本でも賞金となると、みんな一所懸命になるだろうと思いました。 でもやはり、英語に関しては環境が違いすぎるなーと実感してしまいました。

以下はSuriyaさんにもらった授業の説明プリントの内容です。
HUNT FOR REWARDS
Hunters, make sure your school registers for the contest. Send in the Registration Form now - only registered schools will qualify for prizes!

ARE YOU ready to begin your Hunt? Here is your first list of items to look for . The items will collectively provide a description of yourself - your personality, and likes and dislikes. Students must hunt for all 15 items.

  1. Find these items in The Star( any issue ).
  2. Cut them out. For each item, five one reason for your choice.
  3. You may either paste them immediately into your artblock-size scrapbook, or put them aside till you complete both lists before pastingthem. The reason for your choice must be written beside each item.
ALL ABOUT ME
  1. My name and age( cut out letters/numbers to form these )*
  2. My favourite TV programme
  3. My hobby
  4. A game I love to play
  5. A birthday present I would love to receive
  6. An outfit I would like to wear
  7. An electronic gadget or equipment I would like to own
  8. My role model
  9. Three things I love about myself
  10. Three things I hate about myself
  11. Something /someone that depresses me
  12. Something/ someone that makes my day
  13. Three words that describe me physically
  14. Three words that describe my personality
  15. Three words that describe the town where I live
*No reasons required for these items



ペナンフリースクール授業見学報告

Level 5 受験対策の講座

小関静江


担当教員はMr. Thomas Chow、日本で言うと高校2年生にあたる生徒たち対象であった。

生徒たちは1000語程度の英文(このときはBrittle Bone Diseaseについて)を授業の最初に与えられ、 自分の主観を入れない等の内容把握のためのポイントや160語程度にまとめること等を確認した。

しばらく読んだ後、病気を引き起こす要因、その対策について質問しながらまとめ、教師は要点を板書した。生徒は口々に発表したが、 教師はポイントとなる発言を的確にひろっていた。

ポイントが出そろった後、各自がノートにそれにそって要約文を書いて発表に備えた。その後各自の書いた文を発表し、話し合った。

40分授業の2コマを使った授業の前半を見た。英文は日本の大学入試で使われる程度の英文であった。 英文を読んで英文でまとめる。当たり前のことであるがテクニックと慣れが必要であると思わされた。 正直この段階まで3の段階で持っていける学校は日本でどれくらいあるだろうか。受験対策ということもありてきぱきと 非常にテンポよく進められていた。

一方で複数の生徒が授業に遅刻してきていた。ひどい生徒は20分近く遅れており、教師は廊下に呼び出して個人的に注意を与えていた。 ある教師は上級生になるとクラスのコントロールが難しいと語っていたがその一部をかいま見た気がする。



St. George's Girl Schoolを訪問して

「生徒を導くには何より教師自身がachieverになり、私もそうなりたいと生徒におもわせることです。 生徒を信じかれらのあらゆる可能性をひきだすのが教師の仕事です。」

にこやかにそしてきっぱりとアイリーン英語科主任が、言うのを聞いて、なんだか少し恥ずかしくなってしまった。 選ばれた優秀な生徒を集めているといわれる 校ではあるが、それでも言葉に見あうだけの実力と努力がなければこういうことは言えない。

学校訪問は校長の次に偉い教頭先生のようなMr.Tehの案内で手際よく進んだ。 予定の時間をすぎても校内見学が中々終わらなかったのは、そこここで見学者が先生たちに話しかけさらに ちゃんと誰もが親切に返事をしてくれるからであった。 生徒たちは私たちの横を通る時は控えめに挨拶をして、無駄口をきかず、一列でしずかに通り過ぎていく。 日本なら一昔もふた昔も前のことであろう。はジョージタウンのほぼ中心部にあるしずかで穏やかな雰囲気のする学校である。 約束より早く学校へついたので時間まで校庭で写真をとりながら待っていたのだが後で聞く朝早くからカメラをもった人物が何人もいて 通勤してくる先生たちの目にはずいぶん奇異に写っていたようだ。PC関係の教育場所として新校舎も建設中であった。

公立の学校ではあるが、テストで一定以上のスコアがなければこの学校には入れない。 学校運営の資金は国以外にも卒業生や、保護者の寄付金などにもたよっており裕福な家庭の子女も多いようだ。 またペナンでは唯一目の見えない生徒達が普通学級でいっしょに学習している学校でもあり、 そういったシステムの推進校になっているようだ。彼らに対する教育機器もそろっていて、 数人の生徒達が点字で学習している場面も見学した。

職員室はというと、入るとまず、各部のトップの教師の部屋があり、そこからドア一枚で一般の職員の部屋につながっている。 MrTehを含めた3人のNo.2はそれぞれ自分の部屋を持っている。教員の上下関係は、はっきりと示されているようだ。 実際アイリーン先生は超ベテランという感じだが、それ以外の英語科の先生達は皆とても若い。 そして主任教師は英語科教員のすべての授業の状況を把握しているようだった。 見せてもらった授業はフォーム6のプリュニすなわち高校3年の英語の授業であった。 アクティビティーが授業のすべてをしめていて、グループによるインフォメーションギャップを使った活動で最後に 各グループが集めた情報をもとに発表をする。 同じ形の授業は日本でも見ることが多いが、違うのは生徒達がまったく普通にすらすら英語をしゃべり書いているということである。 教師は時々助言をするが、生徒はどんどん自分たちで相談しあっという間に発表のための模造紙を英語でうめてしまった。 実際の発表も質疑をまじえて楽しんでやりとりしながら、活発にすすんでいく。 何か質問はという先生の問いに対して沈黙の瞬間などはまったくなく、どんどん手が挙がり、答えも即座に考えて返す。 生徒の表情は終始生き生きしていた。

授業見学後、お茶とお菓子を味わいながら、英語科教員との意見交換会がもたれ、授業者の先生がさっそく教案をコピーして配ってくれた。 きびきびとしたその応答から日ごろの授業にも自信をもっているのが感じられた。見学中に交えた会話から、 生徒は優秀な子が多いがそれだけ親の期待も大きく、大学進学などの結果を見せなければならないので教師としてやるべきことは たくさんありそれだけプレッシャーも強いということもわかった。

しかし、教師が取り組むべき本来の仕事にまい進できる体制があってうらやましいとかんじてしまった。 生徒の状況は随分ちがうけれど、手際よくすべてをすすめていくMrTehを見ていて、ひとつの形にとらわれず、 しかし今やっていることに誇りをもってさらに新しく進んでいくそういう学校の姿を自分の現場で実現したいと感じた学校訪問であった。



Convent Light Street 訪問

前任校で知り合ったマレーシアからの留学生Miss Sivagami Sivalingam の紹介で彼女の母校、 Convent Light Streetを訪問することになった。今年は創立150周年である伝統あるキリスト教系の女子高で、 小学生から高校生までが学んでいる。学校内に教会もあるが、信仰に関係なく学べ、生徒、先生の宗教も様々である。

*訪問概要
日時 8月5日(月)訪問時間 9時から13時
場所 SMK Convent Light Street, 10200, Penang MALAYSIA
phone: 604-263-3894
内容 
  9:00〜  9:30 学校案内 
  9:40〜10:25 4クラスに分かれ、授業見学
10:25〜11:15 先生方とのミーティング
11:15〜12:00 ホールにて生徒との対話
12:00〜13:00 学校内 Heritage Tour
訪問者  志村・新谷・宮城・竹野・藪・辻明美・辻祐子・辻佐織・岡田 
コンタクトティーチャ− Madam Lilly Chee、 Ms. Gurjeet Kaur 
校長  Mrs.Amy Tan


学校は7時30分始業、私たちが着いたとき、校内はすでに活気づいていた。 鮮やかなオレンジ色のインドの衣装、バンジャビスーツを身につけたMs. Gurjeet Kaur の案内で職員室に向かい、 校長のMrs.Amy Tan、コンタクトティーチャ−のMs.Lilly Cheeに挨拶する。 電話では歯切れのいい英語だけが耳に残ったが、温かみのある笑顔に私の緊張も少し和らいだ。

私の見学したクラスは高校生で、担当はMs.Nachiamal、彼女によると、クラスはレベル別に編成されており、 そのクラスは一番できるクラスということだった。

教室内はグループに分かれ賑やかに活動していた。黒板にはNIE(Newspapers In Education)と書かれ、課題の説明がある。 The Star 紙の漫画のなかから指定されたキャラクター(例えば A comic character who is greedy など)を7つほど探しだし、 その人物にぴったりだと思う仕事を求人欄から選び、それを選んだ理由も書く、といったもので、 すでに生徒はディスカッションしながら新聞を切り取り、発表用の模造紙に貼り付け、英語で説明を書いているところだった。

先生はグループをまわりながら、選んだ理由を尋ねたり、コメントしたり、生徒と英語でやり取りを行っていた。 スパイダーマンにビルの清掃の仕事を選んだ生徒は、ビルの壁掃除にはぴったりでしょ、と得意げに説明していた。 Ms.Nachiamlの英語の速さはナチュラルスピード、生徒も不自由なく英語を操っているのに、驚かされる。 仕上がったグループから順に前に出て、作成した模造紙を見せながら自分たちの選んだ人物と仕事を発表し、 数グループ残したところでチャイムが鳴った。

どんな展開になるのか予想のつかなかった生徒との対話は広いホールで行われた。 100人ほどの生徒が私たち日本から来た英語教師を待っていた。テーマは日本の学校生活について。 質問のある生徒が手を挙げ、発言し、私たちが答えるといったスタイルですすめられた。

日本の学校は8時半始業、と聞くと会場がどっとどよめいた。7時半は彼らにもきついのかもしれない。 校則にも興味津々、携帯電話を持ってきてもいい、と聞くとまたもどよめきが起った。

生徒の英語がなかなか聞き取れず、また、私たちの英語もなかなか理解されない場面もあり、 Ms.Gurjeet Kaur が間に入って通訳のようになってしまうこともあった。 情けなかったが、相手に伝えるためには、はっきりとした発音がいかに大事であるかを実感することとなった。

最後の校内の歴史案内は担当の生徒二人が案内してくれた。校舎は第二次世界大戦中に日本軍の海軍指令本部として使われたという。 捕虜収容部屋として使われた教室の壁には、自分の名を残そうとしたのだろう、米国兵の名が彫りこまれていた。

英語を取り巻く状況は日本とマレーシアではかなり違うが、現在、他科目はすべてマレー語で授業が行われている中での英語教育、 ということではまったく違うわけではない。当然のように英語のみで授業を進め、生徒もかなり英語を運用できるように思われたが、 先生方は、マレー語、中国語、タミール語などを生徒は使ってしまう、と授業の問題を指摘していた。生徒同士が英語で話すのはほんの少し、 先生も日本語のほうが多いという自分の授業について思った。

生徒とのホールでの対話は実は、通常の授業を変更して行われた。そのことに触れると、日本人と英語で話すことは生徒にとって、 英語がいかに大事なものかを知る貴重な機会である、教育です、との答えが返ってきた。校長

先生をはじめ英語科の先生方にとても誠実に対応していただき、感謝している。先生方の学校への誇りと教育に対する毅然とした態度が印象に残った。



学校訪問


中学3年女子


私が学校訪問にいって私の言っている学校と全然違ったので驚きました。マレーシアの学校の生徒はほとんど一人で行動していて、 友達といても二人だけで大人数で歩いている人は全然いませんでした。日本では一人でいる方が珍しくて、 女子はみんな二人から五人くらいで行動しています。あと、これは学校内だけじゃなかったですけど、 歩いている人はみんな背筋がのびて堂々と歩いているのをみて何かすごいなーと思いました。

授業で驚いたことは、日本と違って私語をしている人が全然いなくて、配られたプリントもみんなよそ見したりしないで真剣に やっていて真面目だったことと事と先生が質問をした時に積極的に手を挙げている人がいたことです。 授業を受けている生徒は楽しそうでした。

授業を見学した後、生徒からの質問に答えたんですが、その時にマレーシアの学校の事もいろいろ教えてくれました。 学校は朝の7時にはじまって午後の1時半くらいに終わるそうです。朝早いのは大変だけど早く終わるのはちょっといいなと思いました。 日本はだいたい8時半に始まると言うとみんな驚いていました。

あと、校則を破ったり遅刻をするとポイントが引かれていって、何回かポイントを引かれるとすぐに親が呼ばれて最後には退学になってしまうらしいです。 私の学校では少々遅刻しても朝礼の時にちょっと注意を受けるだけで親が呼び出されたりしないのでとても驚きました。

質問に答えると「おぉー!」と言って驚いていたのでやっぱり日本とマレーシアでは全然違うみたいです。 この質問の時も、最後に先生が時間がないので次ので最後と言ったら、みんな本気で「えぇ〜!」といっていました。 私の学校では多分こんな事があってもやる気がない人が沢山いて絶対みんなで終わるのを嫌がったりしません。

この後生徒会の人が校内を案内してくれました。その生徒会の人はとてもしっかありしてて、各所の全部覚えててすごいなぁと思いました。 私が今回の訪問で一番驚いて、いいなと思ったのは、生徒がみんな仲がよさそうだったです。 私の学校ではいくつかグループに分かれていて違うグループの人とはあまり仲が良くなかったりするので、いいなと思いました。



Green View Secondary School 訪問


8月8日(木)午前5時に起床。5時45分から朝食をとって、6時30分に宿舎The Beaufort を出発。
7時頃に訪問校であるGreen View(青景) Secondary School に到着した。Green を「青」と表現しているのに興味を引かれた。
GVSSはシンガポール政府から運営費が支出される教育重点校で、全国ランキングが中位の公立中学校である。
小学6年生時に実施される全国統一テストの得点が200点前後の生徒で校区内に在住する者が選抜され、入学を許可される。
上位校には240点前後の候補者が選抜されるそうである。


訪問当日は7時30分から10時までシンガポール独立記念日の祝賀行事が行われた。
学校の30m四方くらいの中庭におよそ1000名ほどの生徒が集合している中、シンガポール国軍兵士が国旗の入場と掲揚に立ち会う。 独立都市国家シンガポールにおける、軍隊の役割を垣間見る思いがした。 その存在意義に国民全体の合意を得られない我が国の自衛隊との違いが際立つ。
               

学校長の歓迎スピーチに続いて、成績優秀者に賞状の授与。受賞者代表のスピーチの後に、 「ウエディングフェスティバル」が開催された。シンガポールは周知のとおり多民族国家である。 各民族(マレー系、中国系、インド系)間の相互理解を促進して、1つの国家としてまとまっていくためには、 相互理解のための施策が大きな役割を担う。Green View Secondary Schoolでも、各民族相互理解のための教育が進められている。 この「ウエディングフェスティバル」もその一つである。それぞれ工夫を凝らした各民族の結婚式が生徒達によって再現され、 コンテスト形式で競演された。コンテストでは複数の教員がそれぞれの結婚式のデモンストレーションを審査し、順位を決定する。 この日は、インドの結婚式が1位の栄冠を射止めた。
 

ヒンズー式結婚式マレー式結婚式
ユーラシア式結婚式中華式結婚式


11時から始まった教員との交流会では、GVSSから学校の沿革や英語教育の概要について説明があった。 それに続く質疑応答では、GVSSが抱える問題点について質問があり、喫煙問題や英語の補習について説明がなされた。 シンガポールでは公共建築物及びその敷地内は全て禁煙であるが、GVSSにおける生徒喫煙の発生件数は年間30件程度だそうだ。 喫煙の事後指導では教職員がチームを組んで10週間の禁煙プログラムを実施するが、校内での喫煙が3回に及ぶと自宅謹慎となる。 英語の補習でも教員が交代で週に2~3時間参加生徒の学習レベルに合わせて個別に対応する。 GVSSでは、低学力や生活指導上の問題が特定の民族や社会階層に偏在するとのことであった。 これらは、日本の公立学校にも共通する解決すべき課題であると思いを新にした。
  









幼児教育事情 in Singapore

大阪支部 小関静枝


ツアーの最終日、10日に6名(大竹、稲川、山本、竹野、浅野、小関)でBukit Batok Childcare Center を訪問した。 集合住宅の一階に施設が設けられている。Bukit Batok Communityの一角で子供の送迎には大変便利そうだ。
ここへは18ヶ月から6歳のまでの子供が通ってきている。月曜から金曜日は朝7時から夜7時まで。 土曜は朝7時から昼2時まで。ただし、午前中だけや午後だけの保育も行われており、それは親が選択できる。 その他に就学年齢に達した子供も預かっている。(Student Care と呼ばれていた) 

訪問した日は独立記念日(祭日)の次の日で土曜日ということもあり、通常は80人近くいる児童が10人ほど来ているだけであった。 通常の保育の様子は見ることはできなかったが、教諭たちにゆっくり話を聞くことができた。

クラスは Toddler (18-24ヶ月) N1(3歳)、N2(4歳)、K1(5歳)、K2(6歳)に分かれている。 N1から具体的なカリキュラムが組まれて幼児教育が始まる。もちろん、遊びをうまく組み入れてであるが、 感情面と身体面の発達をめざした体系的な教育が行われている。このことを誇らしく語ってくださった教諭たちが印象的だった。

驚いたのは語学についても3歳から教育が始まっていることだ。英語は必須。もう一つはマレー語か広東語を習うそうだ。 ワークブックも見せていただいた。写真にはないが文字をなぞって書く練習をするページもあった。書く練習も3歳から始まるそうだ。

ワークブックの一部
(正しい道路の渡り方を説明している)
子供たちのクラスわけを説明した掲示物


興味深いのは文字を教えるだけでなく、交通ルールなど社会的なルールも一緒に教えていることだ。 その他にもマレー、中国、ヒンズーなどの文化の紹介が行われたり、独立記念日を迎えるにあたって We are one people と 張り紙がしてあった。学校訪問や、パレードの際に、国民意識の高揚に力が入れられていることを感じたが、 シンガポール国民としての教育は、もうすでにこの年代から始まっているのだ。

今回訪問に先立って連絡を取らせていただいたのは副校長の Angela Tai さんだ。シンガポールでは、 幼稚園のカリキュラムの改編中だそうだ。2007年の完了を目指して、教師の再教育、施設の充実と大変忙しくされていた。 オフィスワークが始まるのは幼稚園の閉まった時間から、家に仕事を持ち帰るのが当たり前、そんな風に言っておられた。 さらに、ボランティアで孤児たちの夕食づくりもしておられるらしい。子供さんはもう手のかからない年代になられているとはいえ、 その働きぶりには驚いた。「それが、Singaporeanなのよ」と語っておられたがそうなのだろうか。思い当たるところがないわけではない。確かに競争社会である。

彼女は忙しい時間を割いて我々と訪問の数日前に夕食をともにしてくれた。その際、幼児たちが幼稚園以外にバレーやスイミングなど 多くの習い事をしていると語っていた。幼稚園には身体の発達も含めたきちんとしたカリキュラムがあるのに、 なぜそうなるのか。できるだけ早くいろいろなことを身につけるのが子供の将来に役立つと親が考えるからである。 Angelaさんは「子供たちに子供時代の思い出がない、習い事は大きくなってからでもできることなのに」と言っておられた。

親はどう思っているのか。親へのインタビューをしたいと希望していたが時間的な都合で今回は見送った。 無理をしてでも行えばよかったと今になって後悔している。このままにせず何らかの形で話を聞いてみたい。 このフィールドワークで残った課題である。






Fei Yue Family Service Centreを訪問して

中川 房代


今回のセミナーの中で、フィールドワークの時間がとれると聞き、シンガポールのNPO/NGOへの訪問を希望し、 Fei Yue Family Service Centre(Choa Chu Kang)を紹介していただいた。このCentreは家族 (夫婦や幼児、児童・生徒、高齢者など全ての年齢層)に関する多岐にわたる活動(サービス)を行っている。 コンタクトパースンのMrs Seah Kheng Yeowとメールでやりとりをする中で、 私からは特に教育に関わるプログラムに参加・見学したいとの希望を伝えていた。

訪問日がちょうど週末のため、プログラムがなく、Mrs Seah Kheng Yeowの説明と質疑応答、 センターの見学というフィールドワークになった。

日時:8月10日(土)10:00-12:30
訪問先:Fei Yue Family Service Centre(Choa Chu Kang)
Blk 280 Choa Chu Kang Avenue 3 #01-360 Singapore 680280
http://www.feiyuecck.org.sg/
コンタクトパースン:Mrs Seah Kheng Yeow (Exective Director)
訪問者:2名(山田昌子、中川房代)

報告したいことはたくさんあるが、3つだけ書くことにする。

1つめ。Centreの昨年度の扱った問題のタイプ別の統計によると、親が子どもをコントロールできないケース20%、 学校での問題17%、が多く、ケースとしては少年少女の喫煙、万引き、深夜徘徊、ドラッグ、妊娠、不登校、 家庭内暴力などが増えてきているそうである。


Centreで−真ん中がMrs Kheng Yeow

話の中で、ユニークだったのが、“Guidance Programme”という制度。たとえば万引きなどをした子どもはその後半年間の “Guidance Programme”を受ける。説明にはこうある。 “Being on the Guidance Programme means that you have been given a second chance.” 半年間普通の生活を送りながら、 本人や親のカウンセリング、集団活動のプログラムを行い、自分を見つめさせ、考えさせる中で再犯を防ぐもので、 実際に成果もあがっているそうだ。

2つめは、地域の学校と連携し、カウンセリングサービスを提供していることだ。学校からの要請を受けてカウンセリングを実施したり、 生徒対象のグループワーク授業を企画したり、年度末には教師にもフィードバックを行ったりしている。 生徒の抱える問題では、友だち関係がうまくいかない、成績不振、試験や親からのプレッシャーなどの相談が多いそうだ。

単純に日本とは比較はできないが、児童・生徒の問題での相談機関・関連機関・警察と学校との連携については日本よりも スムーズにできているように思った。Guidance Programmeやカウンセリングシステムなど、 こういう時はこうするということが制度化されているからだと思った。

3つめは、シンガポールでのNPO/NGOの状況について。このCentreの運営資金や収入についても聞いてみた。 国やコミュニティーといった機関や宗教的な団体がほとんどだと思っていたシンガポールだが、市民レベルでの団体もたくさんあり、 今後も徐々に増えていく様子だった。財政面に関しては、国やコミュニティーなどからの資金や基金、事業収入、 企業や個人から寄付金によって賄われており、寄付の税制面での優遇措置もあるそうだ。

フィールドワークでは、学校訪問で出会った生徒や先生、ホームステイをさせていただいたお宅、 見聞きした社会・学校・生徒の状況などとは少し違う角度からもシンガポールを見ることができた。

2〜3日の滞在で感じたシンガポールの印象は、「多民族・他宗教国家としてうまく国民を束ね、 英語教育に力を入れ経済的にも成果のあがっている国」であった。しかし、社会の中には英語がうまく使えない人もいる、 経済的にかなり苦しい層もいる、など当然ながら深刻な問題も存在することが確認できた。 また、それに幅広く精力的に取り組んでいる人たちにも出会えた。このCentreのスタッフはわずか12名。 今後シンガポールで起こってくるであろうと思われる多くの問題(他民族国家故の問題もあるであろう)に、 シンガポールやこの大きいとはいえないこのCentreはどう対応していくのだろう? そんな心配も感じた。

今回はシンガポールのNPO/NGOについての知識がほとんどなく、具体的な質問があまりできなかった。 より実りのあるフィールドワークにするためには、当たり前のことだが、事前にしっかり学習をしていくことが必要だと思った。


フィールドワーク 〜Bukit Batok Home for the Aged〜


広島 道面 和枝


  1. 訪問日時、メンバー
    2002年8月10日 9:00am〜1:00pm
    吉本屋、小関、河合、道面(ほとんどのメンバーが、介護を必要とする身内を持ち、老人問題・介護問題について切実な思いを抱いている。)

  2. Bukit Batok Home for the Agedについて
    • 1997年4月設立。政府の財政援助を受けての民営。
    • 身寄りのない、あるいは家族が養えなくなった高齢者(destitute people)のための救済施設。よって入居費はいっさい無料。
      身元調査を経て入居を許可される。begging peopleとして町で保護され収容されるケースもある。
      シンガポールには同類の施設が他に10ヵ所ある。(もちろん有料の私立の 老人施設は「お金さえ払えばいくらでもある」とのこと。)
      97年の設立後まもなく、マザー・テレサも慰問に訪れた。(玄関に設置されたホームの紹介パネル写真より)
    • 入居者は172名(現在)。男性65%、女性35%。66歳以上が80%。
      男性に比べて女性の割合が少ないのは、女性は家事ができるので家に置いてもらえるからだそうだ。家族から捨てられた男性が多いと聞きショック。
      民族の割合は、72.4%が中国人、23.8%がインド人。シンガポール全体の民族構成比からするとインド人が多い。
      マレー人が少ないのは、マレー人だけが入居する施設があるから、とのこと。
      また、シンガポール市民は57.8%、永住者が23.3%、あとは身元不明者。
    • 設立趣旨(Our Mission):To be a model home for the destitues by providing holistic care and fostering a conductive, rehabilitative and family environment. (”SATYHA SAI SOCIAL SERVICE(SINGAPORE) ANNUAL REPORT 2001” より) 特に、「家族のような環境」という趣旨が生かされ設備や生活の様子が、施設のあちこちで見受けられた。(後ほど詳しくレポート)
    • 施設の目標(Our Goals):
      • To provide shelter and care in a safe, clean and decent environment.
      • To ensure that the home meets the guidelines on minimum standards of care set out by MCDS (The Ministry of Community Development and Sports).
      • To enable residents to enjoy a lifestyle similar to people in the community.
      この目標達成のためには「スタッフと入居者とコミュニティーの協力が必須」とパンフレットには書かれている。 実際、スタッフは看護婦を含めて32名と多く、企業や各種宗教団体や個人からの寄付も、食糧から施設設備に至るまで幅広くなされる。 また、ボランティアの人々も多く訪れる。


  3. 感想
    このBukit Batok Home for the Agedは、我々が予想していた「有料の高級老人ホーム」とは、その設立目的からして 全く違う施設であったが、民族・宗教・言葉など、互いの違いが「尊重」され、入居者が一人の人格者として大切にされていることに感銘を受けた。

    また、「老人を敬う」という意識付けを学校教育の場でも具体化していることを素晴らしいと思う一方、社会問題に対して教育の果たすべき役割について考えさせられた。

    いずれは必ずお世話になる我が国の老人福祉について、私たち自身も自分の問題としてもっと勉強しなければならないと思った。

    玄関にあった掲示してあったホームの紹介パネルには、沢山の写真と共に"We Are One Family. We share. We care. We serve. We love." というスローガンが書かれてあった。

    身寄りのない老人がほとんどなので、面会に来る人はとんどいない。 それでも、さまざまな違いを認めた上で大家族のように暮らすお年寄り達の笑顔と、彼らの健康で快適な暮らしをサポートする スタッフ達の生き生きとした姿を、これからも折りに触れ思い出すことであろう。



巻頭言

東南アジア理解のためのキー・コンセプト10

井川 好二


分かりやすいようで、分かりにくいのが、東南アジアである。こっちが身近に思うほど、向こうは近くない。 「アジアは一つ」などと、甘い幻想に浸っていると、一生何もわからぬまま。気付くのが、第一歩。 その気付きを言語化するのが、次の段階。悟るまでにはほど遠いが、始めなければどこへも行けない。

今回のマレーシア・シンガポール研修で感じた実感を、整理するため、東南アジア理解のためのキー・コンセプトを、以下に提示する。 自分のためにそうするのであるが、読者の参考にもなれば、勿怪の幸い。
  1. 島嶼と大陸: 東南アジア10ヶ国は、「島嶼東南アジア」と「大陸東南アジア」に分かれると云う。 前者には、インドネシア、シンガポール、マレーシア、フィリピン、ブルネイの5ヶ国、 後者には、ベトナム、カンボジア、ラオス、タイ、ミャンマーの5ヶ国が含まれる。 今回訪問したマレーシアもシンガポールも、島嶼東南アジア。マレー半島も島としての特徴を、 少なからず有していると考えられるからである。そう云えば、ぺナンは文字どおり、島嶼東南アジアだった気がする。 漁船、漁師、漁村。そういえば、魚も旨かった。

  2. 米を主食とする、魚と鶏肉の食文化: 米、魚、鶏肉が、東南アジア共通の食材である。稲作が至る所で行われ、 どこへ行っても米の飯には不自由しない。だから、麺もビーフンが主流。やっぱり、ラクサですよ。 豚を食べない人たち(イスラム)や、牛を食べない人たち(ヒンズー)は、たくさんいるが、魚と鶏肉はみんなの共通項。 この辺り、日本人には親しみ易いのかも知れない。ちなみに、日本で肉食が一般化したのは、明治以降であることを忘れてはならない。 ぺナンのサテも、チキンの方が旨かったような気がする。

  3. インド文明の東進による影響: 東南アジアの歴史の横糸は、インドである。インド文明は、何度も、東へ東へと伝播し、 その都度、東南アジアのほぼ全域をその影響下に置いた。仏教も、ヒンズーも、イスラムも、インドからやってきた。 ここで、「文化」と云わず、「文明」と云うのは、その普遍性を指して云うのである。大陸東南アジアより、島嶼東南アジアの方が、 インドからの影響をより多く受けていると云う。つまり、現在イスラム教が国教ないしそれに近い立場を占めるマレーシア、 インドネシア、ブルネイ。国としては、カトリックだが、地方によってはイスラムが主流を占めるフィリピン。何れも島嶼である。 また、インド系住民を、印僑と呼び、その経済的実力は侮れない。シンガポールやマレーシアで見かけるマネーチェンジャーや宝石商は、 大抵インド系。ここで、慌てて確認しておきたいのは、インド系と云っても、一枚岩ではなく、言語的にも宗教的にも多岐に渉ること。 インドも多民族社会。目立つところで、ヒンズー教のタミル系と、イスラム教のインディアン・ムスリム。同じインド人とは云いながら、 前者は牛を食べず、後者は豚を食べない人々。複雑。

  4. 中華文明の南下による影響: 東南アジアの歴史の縦糸は、中華文明である。中国の文明は、人の流れとともに、南へ南へとやってきた。 こちらの方は、大陸東南アジアにより顕著。ベトナムなど旧仏領インドシナは、かつての漢字圏である。人の流入ももちろん無視できない。 東南アジアへは、福建省や広東省出身の華僑が多い。シンガポールの英語は、福建訛りの英語。 人口で云えば、5%に過ぎない華僑が、東南アジアの経済の5割を握る。

  5. 西欧による植民地支配:かつて、フィリピンは、スペイン領。ベトナム、ラオス、カンボジアは、仏領。インドネシアは、蘭領。 ミャンマー、マレーシア、シンガポール、ブルネイは、英領。10ヶ国中、独立を保ったのは、タイのみ。 しかし、特筆すべきは、これらの国々が持つ嘗ての旧宗主国への思い入れの強さ。シンガポールやマレーシアでも、 イギリスへの思慕は至る所で感じられる。なぜ?最近、インドネシアから独立した東ティモール(ここで、よく考えてみれば、 この国を入れて、東南アジアは現在11ヶ国)が、この島の旧宗主国の言葉、ポルトガル語を共通語として、学校教育を行うと発表した。 なぜ、今どきポルトガル語?DVでも分かれられない妻たち?

  6. 第2次大戦中、日本軍による占領:真珠湾攻撃よりも早く、旧日本軍がマレー半島に上陸。銀輪部隊(自転車部隊のこと)で シンガポールまで南下。ベトナムやインドネシアも占領し、ほんの3年あまりの期間ではあるが、軍政を敷いた。 これにより、東南アジアは西欧の精神的軛(アジア人は欧米人には敵わないと云う心理)から解放されたとする見方もあるが、 旧日本軍により大量虐殺された中華系は、未だにその恨みを忘れてはいない。シンガポールのセントーサ島で観光中、 現地のガイドが英語で日本人への呪岨を洩すのを聞いた。ちなみに、彼女は、英語で話すと日本人には分からないものと、 決めてかかっていたようだが・・・まあ、そんなことはどうでも良い。

  7. 仮の国境線:東南アジアの国々の国境線は、明確に定まったものと考えるより、便宜上、たまたま、 そうなっていると云えるものが多い。中には、国境線自体が明白でない場合もある。理由は、西欧による植民地支配以前に、 現在の形で国家統一が行われていた場合が少ないこと。また、宗主国同士の都合で、つまり、住民の意志とは関係なく、 国境が定まるケースがままあったこと。ぺナンの友人アズリー氏に、マレーシアからハイウェイで行けるタイ南部のことを随分聞かされた。 時間があれば、一緒に行こうよと云われた。その時は、それほどそそられもしなかったが、日本に帰ってから調べると、南タイは、 元はと云えば、マレー領。言葉もマレー語なら、宗教もイスラム。住民は、タイ人というよりもブミプトラ。そんなことなら、 無理しても行ってみれば良かったとは、後の祭り。しかし、国境線の持つ意味は?

  8. 日本のODAの受け取り国: 東南アジアは、日本のODA(政府開発援助)の最大の受領国である。2001年版ODA白書によると、 日本のODAの32.7%。金額にして、316億ドルが東南アジアへ。もっとも、経済発展の著しいシンガポールやマレーシアは、 現在ODAの「卒業国」と呼ばれているが、過去には多額の政府援助が行われた。 そういえば、シンガポールのチャンギ空港やクアラルンプール空港の説明をするガイドの話の中に、 やたらと日本のゼネコンや建築家の名前が登場すると思った。ちなみに、現在の東南アジア最大の受け取り国は、 インドネシア、続いて、ベトナム、フィリピン。むろん、利権もあれば、疑惑もあるが、日本のODAほど、 現地で感謝されていないODAも珍しいのではないだろうか?

  9. 多民族社会:国境線が、歴史的必然として定まったと云うより、種々の事情で便宜的に、更に云えば、ええ加減に、 引かれた国々では、純粋な意味で、例えば日本がそうであるような、民族国家は成り立たない。つまり、日本=99%日本民族、 とはならず、国内には様々な民族が同居する形となる。シンガポールには、中華系、マレー系、インド系の3人種が同居する。 むろん、中華系が主流ではあるが、マレー系、インド系は、中華系に同化することはなく、モザイクのように併存している。 マレーシアも同様。こうしたモザイク社会を、国家として成立させるためには、カリスマ的なリーダーによる強力な政治 (リー・クァン・ユー、マハティール)と、個々の民族・文化・宗教を超えた、「国民としてのアイデンティティ」の意図的な創作である。 シンガポールのNDP (National Day Parade) はその端的な例であった。それなしに、国としてのシンガポールは、成立しない。 生まれた時から日本人、「あなたの顔が会員証」の社会の国民にとっては、国民としてのアイデンティティの創作など、 わかりにくい事情であるのかも知れない。

  10. Islamization(イスラム化)とGlobalization: イスラム教の教えを、より一層国家存立の基盤に据えようとする動きが、 Islamization。クアラルンプールで訪問したIKIMはその典型。これは、東南アジアでは、マレーシア、インドネシア、 ブルネイなどのイスラム国に限られた話だが、世界的に見れば、多くのイスラム国で顕著。また、イスラム国間の連係を強め、 欧米などのキリスト教国に対抗しようと云う意図は明白。「文明の衝突」。 ぺナンで、多く見かけたサウジアラビアやスーダンからの観光客。全身黒尽くめで、眼だけがヤケに色っぽい女性の姿が眼に焼き付いている。 昨年の9/11事件以降、欧米へは行きにくくなった中東のバカンス客が、イスラム国マレーシアへ殺到しているとか。 一方、好むと好まざるとに関わらず、どの国もアメリカ流グローバル・スタンダードに、転換することが経済的発展の急務。具体的には、 IT、英語、市場経済。その最先端は、シンガポール。少し後から、マレーシア。この事情は、東南アジアのみならず、世界共通。 しかし、このIslamizationとGlabalizationは、矛盾する。その矛盾をどう乗り越えるかが、ポイント。 とはいえ、IT と市場経済は何とかなっても、英語がどうしようもない日本は、どうなるの?
(Friday, August 23, 2002)
参考文献
浅井信雄 (1999)「東南アジアを読む地図」東京:新潮社。
外務省(2001)「ODA白書」
三浦朱門(1985)「東南アジアから見た日本」東京:中公文庫。
Huntington, S.P. (1997). The clash of civilizations: Remaking of world order. NY: Touchstone.


Does Travel Broaden One’s Mind ?

辻荘一

「旅は人の心を広くする」というが、怪しいと思っている。頻繁に旅行する人もいるがその人の心が特に広いとは思えない。 旅に出て偏見を確認して帰ってくると言うこともある。

そもそも私は根が出不精で、旅行は好きではない。誘われれば、行かないこともないが自分で行こうとは思わない。 ましてや自分で計画して人を誘うことはない。綺麗な景色を見てもさして感動しないし、旨いものなら旅行しなくても見つけられる。 旅に出ずとも家にいて幸せである。

といいながら、アジアツアーには3年間のブランクを除いてほぼ全て参加してきた。もちろんこれは仕事(のようなもの)だからだ という事はある。しかしやはりACROSS/e-dream-sのアジアツアーには、私のような出不精にも腰を上げさせるだけでなく、 家族も連れて行こうかと思わせる魅力があるのだ。

その魅力を一言で表現するならば、「多面性」である。一つの国といえどもその中身は複雑だ。その国のどこに行ったか、 誰と出会ったかによって全く違う印象を持つことになる。そしてその印象はしばしば一面的であったり誤解だったりする。 しかしアジアツアーには訪問国を多面的に観察し、その国人々と多面的に関わるような仕掛けがある。

例えば今回のマレーシア・シンガポールツアーでの宿泊施設は、自炊を前提とするコンドミニアムに始まり、ホームステイ、 高級ホテルと変化に富み、食事はナイトマーケットの屋台からリゾートホテルの高級レストランまで様々。訪問先も一般家庭、 学校訪問、イスラム教の布教施設、日本企業現地法人、ゴム園と幅広い。出会う人々も観光客が普通に出会うホテルの従業員、 店員はもちろん中国系マレー系の英語教師、イスラム教の指導者、ホームステイ先の家族と実に色とりどりだ。 当然参加者に要求される役割は、単なる旅行者や研修中の英語教師としてのものを越えて、その場その場で違うものになる。

たった10日の限られた日程で出来うる限り多面的な情報が得られるように、よく考えられデザインされているのである。

さらに、多面的な経験をただ「面白かった」で済まさないように、ツアーの前には勉強会、課題図書と実に親切である。 ちゃんと宿題をした参加者には現地の多面的な経験を、書籍やインターネットを通じて得た事前情報とつき合わせて考えることができるようになっている。

さらにもう一つつけ加えれば、アジアツアーのリピーターは過去のツアーでの経験との比較という視点も持つことが出来る。

「旅は人の心を広くする」なんて怪しいものだが、ACROSS/e-dream-sのアジアツアーなら心が広くなるかも知れない。 少なくとも英語教師に必要な視野を得るための仕掛けは十分なはずだ。

さて仕掛けは万全だが、魚がうまく釣れるかどうかはわからないのが世の常である。 参加者がどの程度アジアツアーの仕掛けを理解し活用したかは、この報告集を見れば明らかになる。 早速ちょっとドキドキしながらページをめくるとしましょう。





夏期セミナーの参加者のアンケートです。
参加者を100%として、円グラフにしてみました。ご覧ください。



1. ACROSSドラマ発表



2. Dr. McKayのレクチャー



3. ペナンでのホームステイ(先生方のお宅にて)



4. ホームステイ(カンポンにて)



5. ペナン学校訪問



6. 企業訪問



7. IKIM訪問



8. ゴム園訪問



9. シンガポール学校訪問



10. ホームステイ(先生方のお宅にて)



11. National Day Parade



12. フィールドワーク(老人ホーム、幼稚園、NGO)




1日目
8月2日
(金)
日本
|
ペナン

  出国(大阪、東京)・・・マレーシア・ペナンへ



2日目
8月3日
(土)
ペナン

  ★アクロス発音訓練

      (Sri Sayang:コンドミニアム泊)

3日目
8月4日
(日)
ペナン

  ★TESL講演、ACROSS発音訓練の発表(ドラマ等)
  ・・・現地教員とともに
  ★ホームステイ(カンポン、または教員宅にて)

      (Sri Sayang:コンドミニアム泊)

4日目
8月5日
(月)
ペナン

  ★学校訪問(Penang Free School,
  Covent Light Street, St. George's Girl School)
  ★企業訪問(クラリオン・マレーシア)
  ★お別れパーティ(レストランにて)

      (Sri Sayang:コンドミニアム泊又はホームステイ)

5日目
8月6日
(火)
ペナン
|
クアラルン
プール

  ★プトラジャヤ(新首都)、サイバジャヤ見学
  ★イスラム教団体 IKIM 訪問

      (Golden Horses)

6日目
8月7日
(水)
クアラルン
プール
|
シンガポール

  午前中、ゴム園見学等、
  午後 シンガポールへ移動

      (The Beaufort:ホテル泊)

7日目
8月8日
(木)
シンガポール

  ★Greenview Secondary School訪問
  ・・・(独立記念日のお祝い行事、
  ・・・教員とのミーティング)
  ★現地教員とともに、市内フィールドトリップ
  ★ホームステイ(教員宅)

      (The Beaufort:ホテル泊又はホームステイ)

8日目
8月9日
(金)
シンガポール

  ★午前中、ホストファミリーと過ごす。
  ★6:30pm-8:30pm
  独立記念日のパレード見学(スタジアム)

      (The Beaufort:ホテル泊)

9日目
8月10日
(土)
シンガポール
|
日本

  ★フィールドワーク等(老人ホーム、幼稚園等)
  ★お別れパーティ(The Beaufort:にて)

  深夜便にて日本へ
      (機内泊)

10日目
8月11日
(日)
日本

  早朝、帰国(大阪、東京)




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